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弁護士 宮本 督

エッセイ:
to be a Rock and not to Roll

2015.08.31

お金のある人たちの話

 羽田に向かう国際線の機中。富裕層の一族の倒錯したセックスを描いた「お金のある人の恋と腐乱」(姫野カオルコ)に続けて、大王製紙元会長の井川意高の「溶ける」と、ライブドア元社長の堀江貴文の「我が闘争」を読んだ。
 いずれも、田舎の優等生が東大を出て、社会的・経済的な成功を果たした後、刑事被告人となって、実刑判決を受けるまでの半生記。二人と同じく田舎の優等生だった私から見ると、井川氏は6年先輩に、堀江氏は2年後輩に当たる。そんなわけで、特に学生時代までの記述は、私自身でなくても、私の身の回りに覚えのあることも多く、また、浮足立った時期を過ごした後の苦悩の告白がそれぞれ率直で痛々しく、周りの乗客の多くが眠っている中、ノンストップで読み終えてしまった。
 まず井川氏。大王製紙創業家の三代目だが、子会社からの借金106億円をカジノにつぎ込んでしまい、特別背任罪で懲役4年の実刑判決を受けることになる。
 報道を見る限りでは、創業家のボンボンがバカなことをしでかしたという印象だったのだが、本の内容やその語り口から垣間見える人物像は、優秀な努力家といったものだ。しかしそうであるからこそ、製紙業という、1円、2円を削り取るような商売を手がけながら、賭博で、一晩で数億円の損失を出すまでに転落していく心情の変化には、どうしても納得ができなかった。本書では、アルコール依存症でギャンブル依存症との自己診断もされているが、おそらく、本当のところは、本人にも理解できていないのだろう。
 驚いたのは、子会社の実損になった55億円余りについて、事件後、全額の返済をしていることだ(報道はされていたのかな?少なくとも私は知らなかった。)。106億円をカジノでぶっ飛ばすような豪勢さも想像できないが、55億円を耳をそろえて弁償するというのも、それはそれで豪快な力技なわけで、実刑判決は不当(執行猶予を付けるべき)と思うけど、やっぱり裁判所なんてところに勤めてる連中には理解不能な金銭感覚だったんだろう。
 引き続き堀江氏の本へ。堀江氏については、年齢が近いこともあって、直接の面識はないものの共通の知人はかなり多く、いろいろな人から様々な悪口を聞かされたものだが、半生記を読むうちに、人生を闘いの連続ととらえ、スピードを重んじ、争いに敗れる人たちを顧みない日々の吐露からは、遠い昔の私自身の心情(そして、私自身も忘れていたような心情)そのものが語られていると感じられ、すっかり引き込まれてしまった。この人って、要するに、悪い人じゃなくて、子供のまま成長してないだけなんだね。
 しかし改めて指摘する必要も乏しいかもしれないけど、堀江氏の犯罪って、いったい何だったんだろう。私も一応、弁護士なのだが、未だによく理解できないし、まあ形式的に犯罪に当たるとしても、どうしてこんなことが立件されたのか、どうして実刑判決になったのか、さっぱりワケが分からない。そんなわけで、堀江氏が、未だに、断固納得できないとしているのは当然のことと言わざるを得ないように思う。
 さて、「溶ける」と「我が闘争」には、大きな違いがあって、それは前者は入獄前に書かれ、後者は主に獄中で書かれたこと。堀江氏には、否が応でも自分と向き合う時間がたっぷりとあった分、筆致が深い。それでも子供のままの心根を保持して、あまった金で宇宙ビジネスについてアツく語る堀江氏は、それはそれで大した人物なのだろう。このお子ちゃまな金持ちからは、目が離せないかも。

宮本の本棚から

「ホテルローヤル」 桜木紫乃 著

一昨年(2013年)の直木賞受賞作で、7篇からなる連作短編集。
 釧路市の郊外のラブホテル「ホテルローヤル」を舞台とするストーリーで、一話ごとに時間を遡る設定。つまり、廃業後数年を経て廃墟と化したホテルでのヌード撮影から始まり、中年の看板屋がラブホテルを建てて一山当てようとの決意で終わる。ラブホテルが舞台と言っても、描かれるのは、恋愛やセックスではなく、疲弊した地方都市で生きる人々の日常と倦怠と諦め。
 先行する物語の中で小さく触れられる出来事を、後の短編の中で語っていくテクニックは秀逸だし、心理描写も悪くないけど、一つ一つの小説のパワー不足は否めない。