銀座数寄屋通り法律事務所[旧 中島・宮本・溝口法律事務所] >HOME

弁護士 宮本 督

エッセイ:
to be a Rock and not to Roll

2016.01.29

幸も不幸も等しく

 私の事務所は、銀座の数寄屋橋交差点の近くなのだが、年に数回、近所に長い長ーい行列が見られる。ご存知、宝くじ売り場に並ぶ人たちだ。
 宝くじの1等の当選確率って、どれくらいか知っていますか?宝くじは、番号100000番から199999番までの10万枚を一組として、01組から100組まで100組分を1ユニットとして販売されていて、この1ユニットの中に1枚、1等の当たりくじがある。したがって、1等が当たる確率は1000万分の1。そしてこれは、1年以内に日本国内で交通事故で死ぬ確率の450分の1に当たる。この国の年間の交通事故死亡者は5700名。日本の人口1億2600万人で割ると、0.000045。要するに、1000万分の450だ。
 宝くじの1等に当選するかもって期待したり、当選したら何を買おうかと夢見たりする人は、その450倍の確率で交通事故死することを想定しなければならないわけで、怖くて外出することなんてできなくなってしまうはずだ。それなのに、宝くじ売り場には長い行列ができている。1年は365日だから、1日に1回外出するとして、アナタが1等を当てる確率より、宝くじを買いに出かけるその機会にアナタが交通事故で死ぬ確率の方が高いというのに。
 不吉な例を紹介して恐縮だが、人はどうしても、自分の将来の幸福と不幸とを、等分には考えられないようだ。裁判や交渉とかをしていて、お客さまと打ち合わせをしている際、あーなればこーなる、こーくればあーするといった展開予想をしていると、どうしても、有利な結果になることを多く想定してしまいがちだ。もちろん、不利になることを心配し過ぎて不安にかられる人は多いけど、そういう、楽観的とか悲観的とか心配性とか、性格の話ではない。それとは違って、上手く行くケースと比較して、マズイ展開になるパターンの方は、場合分けの検討が抜け落ちてしまうことがある。
 そもそも人間って、いやな予想をすることは生理的・本能的に拒絶してしまうから仕方ない部分はあるけれど、嫌な予想もちゃんと行うように努力するのは、弁護士には必要な仕事の一部なんだろうと思う。ただ、あなたが勝つ確率より、1年以内に事故で死ぬ確率の方が高いですなんて言っていたら、依頼者がいなくなってしまうかも知れませんが。

宮本の本棚から

「火花」 又吉直樹 著

 有名お笑い芸人によるベストセラーにして、昨年(2015年)の芥川賞受賞作。何年か前、イケメン俳優がポプラ社の文学賞をとって、あの作品を読んだときには、本当にびっくり仰天したものだけど(何よりも、あれを最後まで読みとおした自分に驚いた。)、さて、こっちの芸能人はどうか。
 お笑い芸人の、私淑する先輩との絡みを通じ、売れない芸人であることの哀切が語られる青春小説で、なかなかどうして“ブンガク”してる。テーマも、ストーリーも、人物も悪くない。少なくとも「KAGEROU」と比較するのは失礼に過ぎた。
 しかしねえ。前半と後半での文体のブレがどうにも気になるし、描写は(風景も人物も)あまりに冗長で、分かり易いけど説明的に過ぎる。要するに、まだまだ習作の域を出るものではなく、受賞というより、賞の候補になるレベルにも達していないのは明らかだろう。
 ただそうは言っても、この作品、受賞を単なる商売主義と片付けられないような柄の大きさと魅力を感じさせるのも確かだった。次回作が出たら、きっと読む。