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外山恒一さんは言いました。「多数決で決めれば、多数派が勝つにきまってるじゃないか。」
そのとおりです。
そして、この言葉、こどものころを思い出させます。
先生が言いました。「多数決をして、○○することに決まりました。みんなで○○することに決めたのですから、みんなで○○しましょう。」
<おかしい。僕は○○することには反対したのだから、「みんな」で決めたというのは納得できない。多数決で決めるということがどうして「みんな」で決めるということになるのか。>
建前としては、多数決を採るまでの過程において、少数者の意見を汲んだ十分な議論があることが、多数決を「みんな」で決めたと正当化する根拠だと、大人になってわかりました。
しかし、実際のところ、様々な団体において、多数決による意思決定の際に、議論がどれだけ交わされているのでしょうか。議論において、少数者の意見を汲もうという姿勢はあるのでしょうか。
多数決の正当化のために議論が尽くされなければならないことを知らないからか、議論そのものに慣れていないからか、そもそも議論しても無駄と思っているからか、僕は、そのような議論が展開されている状況に居合わせたことがほとんどありません。
もっとも、どうやら弁護士が集まる場所は様子が違うようです。多くの弁護士は、やたら議論します。自分の意見を結論に反映させようという意図もあるのでしょうが、とにかく自己主張が好きなようです。
結局、多数決で決めれば、多数派が勝つに決まっていますので、少数者としては、とにかく声を大きくして、自己主張をし、その多数決の内容に少数者の意見を取り込ませることに努めるしかありません、現状では。
あるいは、"bedtime for democracy" by Dead Kennedys。テンポがよくて軽すぎない80年代パンクを。 |