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弁護士 宮本 督

エッセイ:
to be a Rock and not to Roll

2006.09.27

LAYLA(いとしのレイラ)

 3年前のこと。2003年12月3日。私は、日本武道館にいた。エリック・クラプトンは、本編の最後にLAYLA(いとしのレイラ)を演奏した。私の生まれた1970年に発表された曲だ。ロック史に残るイントロは、激流を下るようなエレキ・ギターのツイン・リード。リード・ボーカルには、ハイ・トーンのギターフレーズが寄り添い、曲は転調を経てイントロのツイン・リードへと回帰した後、スライド・ギターがむせび泣くインスト・パートへと引き継がれ、ピアノが主導するエレガントな旋律のうちにエンディングを迎える。
 素晴らしい演奏の最中、私は、30年以上も前の一瞬、クラプトンとともに凄まじいばかりの輝きを見せ、最高の楽曲を生みだした男達のことを思っていた。
 まず、この曲の強烈なイントロのスライド・ギターのリフ。クラプトンではなく、デュアン・オールマンというギタリストが生み出したものだ。オールマン・ブラザーズ・バンドのギタリストっていえば、わかる? わかるわけないか。オールマンは、LAYLAのレコーディングに参加して、既に「神」と呼ばれていたクラプトンから様々なものを吸収するが、最大の土産はドラッグだった。71年10月29日、ドラッグを過剰に摂取してバイクを飛ばし、そのまま帰らぬ人となる。
 ベースのカール・レイドルは、LAYLAの後もクラプトンのソロ活動を支えていたが、後に解雇され、その1年後の80年5月30日、ドラッグ濫用による腎不全で死亡した。彼の恋人だった女性は、レイドルの死を知り、自らの頭を銃で撃ち抜いたという。
 そして、エンディングに連なるピアノソロを弾いたのは、ドラマーだったジム・ゴードンだ。この曲の作曲者として、クラプトンとともに名を連ねている。しかし、83年6月3日深夜、ドラッグによる妄想にとりつかれた彼は、72歳の母親をハンマーで殴り、倒れた彼女の胸をナイフで突き刺した。翌年春、殺人罪により懲役16年の刑を宣告された彼は、刑期の終わった今も、刑務所に併設される精神病院で暮らしている。93年、「アンプラグド」で演奏されたLAYLAは、この年のベストソングに選ばれた。ゴードンは、グラミー賞授賞式を刑務所内のテレビで見ていたが、受賞の瞬間はちょうど席を外していたという。作曲者としてゴードンと連名で受賞したクラプトンは、壇上でゴードンのことに一言も触れなかった。
 今年の11月から12月にかけて、再び、クラプトンが来日する。デュアン・オールマンの再来といわれる若い天才ギタリストもサポートメンバーに加わるようだ。LAYLAも演奏されるだろう。コンサートへお出掛けの方は、悲劇のヒーロー達のことを思いながらLAYLAを聴くのはいかがだろうか。

(追記)

 今朝は、80.4キロでした。こんなところで停滞してるなんて、いつまでも100を切れないゴルファーみたいです。情けない。月半ばには79キロ台を達成したのですが、その後、痛風の発作とか、イヤなことがイロイロありまして・・・。最近、嘆かわしいことばっかりです。はい、とりあえず、病院行きます。