銀座数寄屋通り法律事務所[旧 中島・宮本・溝口法律事務所] >HOME

弁護士 宮本 督

エッセイ:
to be a Rock and not to Roll

2009.10.30

健康のためなら死んでもいい

 私がダイエットを始めて、早くも3年以上が経ちました。3年前、2006年のゴールデンウイークの頃、私の体重は90キロを優に超え、もうすぐ0.1トンに達しようかという勢いでした(ちなみに、私の身長は170センチです)。そこから一念発起してダイエットに取り組み始め、いろいろありましたが、今年に入って、だいたい70キロくらいで体重減が止まってしまいました。
  それまでの間、私のダイエットの方法は、主に食事制限でした。タマゴだけとかリンゴだけとかの偏食ではなく、食事を全体的に減らす方法です。そして、ヨガのレッスンに通う以外、運動は特にはしていませんでした。私は、別に運動神経が悪いわけではないのですが、元来、体を動かすのは億劫で仕方なく、そういえば、昔々のダイエット着手のはるか前にジムに入会したこともありましたが、数回通っただけで止めてしまいました。
  しかし、今年5月のある日。なかなか減らない体重に苛立った私は、ついに走り始めたのです。
  ランニングのことは、前から、少し気になっていました。ただ、私には絶対に関係ないことと思っていました。なんせ、私は、高校のマラソン大会で、よーいドンで歩き始め、教師から終了式ができないから走るか棄権しろと迫られながらゴールまで歩き通し、でも完走(完歩)した時にはとっくに終了式が終わっていたという経験があります。この時は、欠席か棄権してしまうと、後日の体育の授業で同じ距離を走らされることになっていたので、無理矢理歩きとおしたのですが、要するに、私と走ることとの間には、決して結びつけようのない大きな隔たりがあったのです。
  そんな私がランニングを始めた直接的な切っ掛けは、走り始めた周囲の声でした。東京マラソンの開催を機にランニングが流行しているらしく、私の周りでもジョギングを趣味にする人が増え始めていました。そして、彼らは、ほぼ例外なく、走り始めてから減った体重のことを口にします。例えば久しぶりに会った大学の同級生が、例えばお客さんの担当者の方が、例えば事件の相手方の弁護士さんが雑談中に、例えばいつも飲んでるバーのカウンターで友達の官僚さんが、例えば仕方なく出席したパーティーで知り合った社長さんが、皆、口々に、走り始めてからの期間を少し恥ずかしそうに、でも減った体重のことは少し誇らしげに語ります。
  マインドコントロールに陥り易い性格の私は、入門書を一冊買い求め、その本にあるとおり、5月のある日から、まずウォーキングを始め、その1週間後くらいから走り始めたのでした。

  んで、結構、はまりました。
  今では、家の周囲を、週に5日、早起きして7キロくらい走っています。自宅を起点に南側に時計回りに4キロ、引き続き、北に向けて反時計回りに3キロ。主に、隅田川の川添いを走ります。休みの日なんて15キロくらい走ることもあります。夜明けから間もない新しい空気の中、爽快に汗をかきながら、顔見知りになったランナー達とすれ違いざまに軽く挨拶を交わし、道端の木々や草花から季節の移ろいを感じます。すごいです。さわやかです。ヘルシーです。自分のこととは到底思えません。
 その昔、私は、「健康なんて犬や猫にくれてやれ」と言っていました。1日に3箱のタバコをくゆらせ、まったく運動はせず、毎晩、ベロンベロンになるまで酒を飲んで、その後、ラーメンを食べに行ったりしていました。
 最近、私は、「健康のためなら死んでもいい」と言い始めました。先日は、ハーフですがマラソン大会にまで出場してしまいました。歩かずに完走しましたが、タイムはまだまだ未熟者の、2時間11分。残念。でも頑張ります。来年1月末にはフルマラソンの大会にも出場の予定です。

 ただ、一つ問題が。
 走り始めると、ほんと、お腹空きます。んで、食事の量が増えてしまいました。というわけで、体重はランニングを始めてから全然減っていないのです。
 何をやっても中途半端という私の人生に相応しい、悲しい悲しい結末なのでした。