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to be a Rock and not to Roll 宮本 督
ヴァン・ヘイレンと夢の不在
 Fさんは、私の行きつけのバーの常連で、40代後半で、IT会社を経営していて、奥さんと子供(確か、息子が二人)の他に、20歳か21歳だかの若い愛人がいるそうだが、仕事のことや、愛人のことは、ほとんど話したことはない。共通の話題は専らロック談義で、時折お会いすると、ヴァン・ヘイレンのボーカリストは、デビット・リー・ロスとサミー・ヘイガーのどちらが好みか、ストーンズのセカンドギターでベストなのは、ブライアン・ジョーンズか、ミック・テイラーか、ロン・ウッドかといったことを、延々と語り合う。特に意味はない。ただ、好きなだけだ。
 先日、その行きつけのバーで、Fさんとたまたま一緒になった際には、今年6月のヴァン・ヘイレンの東京ドーム公演の話題になった。私にとってのヴァン・ヘイレンのボーカリストは、サミー・ヘイガーをおいて他にはいないので、私自身はコンサートには行かなかったのだが(今のヴァン・ヘイレンのボーカリストは、二転三転の後、再び、デビット・リー・ロスなのだ。)、東京ドームに出向いた友人達を通じ、あまりいい評判は聞いていなかった。
 Fさんは、デビット・リー・ロス時代のヴァン・ヘイレンの大ファンなのだが、それでも東京ドームでのライブは楽しめなかったらしい。病後のエディのギターも安定しなかったらしいけど、デビット・リー・ロスの歌唱は、それ以上に精彩を欠いていたそうだ。
 しかしFさんを何よりも傷付けたのは、コンサートに連れて行った若い愛人の反応だった。若い愛人は、過去のヒット曲を演奏する有名バンドの来日公演を、それなりに楽しんでいたらしい。しかし、20歳だかの女の子は、かつてヴァン・ヘイレンが放った輝きを知る由もない。世界中のロック少年を夢中にさせたエディの衝撃的なギタープレイを体験したわけもない。
 Fさんは、いつもとは違い、その日はあまり酔っ払わずに語った。「あの日の東京ドームにはね、夢の不在があったんです。不在というものが存在していたんです。つまりね、かつて確かにあったはずのものが、なかったということが、そこには、あったんです。でもね、彼女には、そんなことは見えない。彼女の中には、もともとヴァン・ヘイレンがいない。だから、不在も何もないんですよね。それって、同じ演奏を聴いてることになるんでしょうか?人と人って、結局、わかり合えないんですよね」。……それだけの年の違いがあれば、もともとわかり合えることの方が少なそうなものだが、Fさんに意に介する様子はない。
 Fさんの会社はとても儲かっているようだ(どのような事業なのか、具体的なことは、私もよく知らない)。Fさんは、東京ドームの最前列に近いプラチナチケットも手に入れることができるし、若い愛人も囲ってる。Fさんは、世間的には成功者と呼ばれる立場で、そんなことを羨ましいと思う人もいるだろう。しかし、Fさんにまとわりついているのは、失望と孤独だ。それは、Fさんが、手に入れたものの儚さを知り、それらを失うことの不幸を予感しているからなのかも知れない。
 どれだけ素晴らしいものも、やがては損なわれ、失われる。ヴァン・ヘイレンの熱狂的な演奏も、若い愛人との官能も、Fさんの高収益の事業でさえも。しかも人はその光と輝きを忘れてしまう。輝きが損なわれて失われたことも忘れる。やがて、忘れたことさえも忘れてしまう。
 私たちにできることは、ただ覚えておくことだけだ。あの日、私たちは、確かにそこにいて、そこには光があった。そのことを大切に脳裏に刻み付けることだけだ。それが私たちにできることのすべてだ。
 しかし、そのような記憶が、いずれ、輝きの喪失として、私たちを襲う日がやって来る。初めから、存在を知らなければ、不在に苦しむことはない。初めから、何も手に入れていなければ、その喪失に心悩まされることはない。
 私たちは、そんなことを取り留めもなく話した後、黙ったままウィスキーを数杯飲んだ。Fさんは、相当に酔っ払って、先にバーを後にした。奥さんと息子達の住む家に帰ったのか、愛人のところに帰ったのかは、分からない。
(2013.9.30)
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